これを手本にしたせいか。
行ってみたいな。


Kousyoublog | 人口7500人の小さな町の、100年後が見えていた大きな町長の話
郷田さんはこの森を残すと、今度は「人と山の架け橋をつくる」といって、深い渓谷に長さ250メートルの「照葉大吊橋」をかけた。当時は「狸のために橋をかけた」といって議会で笑いものになったという。なにしろ、橋を渡っても照葉樹林の山があるだけで、どこへも行けないからだ。

郷田さんには50年先が見えていたのだろう。まだ無農薬やオーガニックという言葉さえ知らなかった六〇年代後半に、「豊かになればきっと健康を買う時代がやってくる」と、住民に有機野菜をつくらせたこともそうだ。

いまや「綾の有機野菜」を買いに来る客と、照葉樹の森を見にくる観光客を合わせると年間100万人をこえるという。この森が残ったおかげで、かつて西日本一貧乏な町といわれた綾町が、いまや所得も宮崎市より豊かになったといわれる。「平成の大合併」に、孤高を守り通したのも、この経済的余裕があったからだろう。。