まさかの日記

最近まともな文章しか書けなくなってきました

カテゴリ: 思ったこと

ゆっくり考えてみておもったこと。サラリーマンの評価について。

ネガ印象、不安定印象に対しては評価時には対症療法的な反応しか引き出せず、つまり病気に対する治療、あるいはマイクロマネージメントのようなことにしかならない。多分これは求めるものとは違う。

ポジ印象、積極的活発、安定印象に対しては、マイクロマネージメントしようとはならず、もっとその方向でやって欲しい、どんどんやってほしい、推進強化、上位レイヤーからの応援、という体になる、気がする。これは望ましい状態。

これなら、マルクス的資本論で言うところのお給料が増える話と同じ話になる。つまりその状態を維持する為のコスト負担がお給料というあれ。利益額ではないがバジェットはあったほうがいい。

というよりバジェットに限らない。どちらかというと価値を生み出しているほうが定量的でない分、謎な感じが出て尚良い。

五分でわかるマルクス、みたいな本には、給料とは迷惑料で、嫌な事我慢してストレス溜めた事への対価で、生み出した価値とか利益とは無関係、みたいなことが書いてありビジョナリー経営者みたいな人と真逆の事で興味深い。

ジョブズが言う、zoom outできる人に、アウォードを与えるような人間。チンドン屋。なんとなくワーワー言ってる人。

体調はかなり戻ってきた。空気悪い中運動とかしないのが良いのかも。

自分という人間の成り立ちについてかなりわかってきたことがあるので後で書く。

低きに流れていこうとしている人、そこから抜け出そうとしている人、抜け出せなくて諦めかけてる人、低きに流れていってることに気付けていない(むしろそれが正しいと思い込まざるを得ない状況にあり、それは状況がそうさせているだけで本人には非はない。が本人の知識経験不足からきた認識と判断誤りでもある)人、に見える人

「能力を越えた意識の高さ」は、楽に生きる上では邪魔でしかないが、それこそが可能性。ただこれがおっさんになると致命傷になりがち。というわけで夜はuc最終話。あと企業年金研究会。




普通は失敗のほうが多い

なので思い出すのは失敗だけ

あと、年取ると脳内過去の出来事比率は高まる一方

出来ないこと、があれば、同じ結果を得られる違うやり方で自分ができることを探す。人に頼る、もあり。

改善は、結果が出ても出なくても続ける、ことが大事。

みたいな事を、人に言ってやらせるではなく自分をまず動かして進める。

というか、与えるということ自体にそういう名前をつけた、という順番かなと

この世界とは別に、そういう世界が有るように思える、という感覚のこと

でググると、仏教って、意思決定支援システムに見えてくるのだが、どうなんだろうか。

脳に対する上物というか。

みたいなことについて書かれた本はどうググれば出てくるかな。


、、って普通にググったら普通に出て来た。
が、ちょっと違うかな。
自分が考えてるのは、自動化なんだが

は、それを経験するだけで何かやってる気になって、なにもしないまま終わる、という罠にははまらない程度には歳をとったな。、

僕は僕の中の火を消せない

単なるワナビーか、まだ身の程を知らない頃に自分にかけた呪縛から逃れられずに居るだけなのか

今でも充分だ、みたいなことを思ってたら最上級の侮蔑的表現と共に否定してあげます。何度でも言ってやります。

なんというか、偶発的ラッキー狙い期の終焉、かな

もしくは、ゴール前でフリーでパスを受けるまで(?

サッカーよく知らんが要は決定的チャンスということが言いたい

という状態になったかどうかは後になってみないとわからない

まだそこまでじゃないのにそうなったと思う、のはいろいろ危険

一方、リスク覚悟で臨まないと状況を作り出せないということもある

飛行機に乗らないと遠くに行けない、みたいな話

旅重要(って、そんな危険な旅してないけど

なあ

出会う人はそのほんの一部

話す人はさらにその一部

親しくなる人もさらにその一部

と思う

ミニマリスト、旅人、に憧れる

クルマ売ってその代わりあちこち行くような人になろうか

とふと思ったけど、多分やらないからいいや

クルマは最高のおもちゃ



しかしここんとこ、仕事と帰省以外でどこにも行ってなかったが、その反動なのかも。

というわけで旅カテゴリ追加してみた


まあ今回もよくよく考えると仕事なわけだが。。まあいいか


Kindleアンリミで読んだ


ていうか多分期限切れてる

最後に海外行ったの、10年以上前だし

その頃の日記読んでみると、今と言ってること全く同じ

今使ってるmbp、その頃買ったものぽい
物持ち良すぎ。。

登場人物は最大同時2人まで。話が急に進まない。どちらかというと、話が全く進まない。当たり前の出来事しか起きない。というかほとんどなにも起きない。

ちらっと観てたら、ナルトは全巻読んだはずだが何も覚えなくて日向が母親になっててびっくりしたが、どちらかというと中の人もそろそろいい歳なんじゃとそっちが心配(余計なお世話)。事務所的には隠し子くらいいてもおかしくないし、むしろそれぐらいであって欲しいと願う

20うん年前、地元を離れた時のまま、地元での時間は自分にとって止まっている。

ただ親兄弟は歳をとる。

ずっと実家に居る人とは、人生の見え方が相当違うのでは、と思う。

のは、自分自身を変えるにはもはやその方法しか残されていないから。

感性とか、もう変わらないから。


なので、若いうちは習慣化とかあんまり考えなくていいんじゃないかなと。ってここに書いてどうする、ってのはあるけど、まあ思ったこと書いとく。


一方、判断ロジックとかは、ある種いかようにでもなる。これについては色々考えていることがある。

5分くらい考えて出たアイデアがあれば、それ以上のことはもう出てこないので、それをベースに、あとはやりながら変えてくだけ、みたいな結論に。

数年前に某氏が言ってたアイデアを思い出しながら。

ほぼ3〜5行の範囲しか脳に残ってない。認知症患者がずっと本を読んでいるのを、どういう状態なんだろうなと思うときがあるけど、程度問題で自分も大差無いのでは、という気がする。

うっかり落としたチョコの塊が部屋着についてるのにしばらく気付かず、何気に触ってうわなにこれ!?!?って大声出したなど

人生というか仕事人生の話

人として正しく論理的である、信頼できる、寛容である

のどれか一つだけでも当てはまる人たちに囲まれて過ごせればだいたいどころか、かなりOKだろう。

30代前半。かなりチャラい。でも4cに乗ってきたから居候を許可してやった。
とか言ってたら大量の居候が色んな車に乗って家にやってきてまじで頭にきて大声出してた。
という夢だった。

たいていのアイデア、というか単なる論理的に導き出される行動の選択肢

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