まさかの日記

最近まともな文章しか書けなくなってきました

2006年04月

「完全なる経営」より。

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仕事が自己に取り込まれている場合(程度の差こそあれ、仕事は常に自己に取り込まれているのではないだろうか。たとえ仕事に抵抗感を持っているときでも)、自尊心と仕事との関係は、以前私が考えていた以上に密接なものとなる。特に、健全で安定した自尊心(自分に価値があるという意識。誇り。自分は影響力のある、重要な存在だという感覚)をもてるかどうかは、立派な価値ある仕事を自己の内部に取り込み、自己の一部にできるかどうかにかかっている。現代人が嘆きを訴えるのは、誇ることのできない仕事や、自動化され、何の努力も要しないまでに細分化された仕事を受け入れざるを得ないという状況が、予想以上に進展しているせいかもしれない。

(中略)

言うまでもなく、真の達成のためには価値ある立派な仕事が要求される。くだらない仕事を見事にやり遂げたとしても、それを真の達成と呼ぶことはできない。「無益な仕事は、立派にやり遂げる価値がない」。これが私の考えだ。

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なんか写経っぽくなってきたぞ。
こういう文章もある。

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価値ある大義や重要な仕事と一体化し、それらを自己の内部に取り込むことによって、自己を増大させ、その価値を高める。こうすれば、知能、才能、技能などが現実には不足していても、それを補うことができる。

(中略)

この世に存在する人間は、程度の差こそあれ、ちっぽけなものなのだ。そうであれば、偉大な事業に何らかの形で参加し、それと一体化することが、健全で強固な自尊心を確保する上で必要不可欠と言えるだろう(「よい」企業「名声を博している企業、優れた製品を製造している企業など」で働くことが健全な自尊心を抱く上で有効なのは、この理由による)。

「完全なる経営」より。

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鏡に映った自分の姿を見つめ、以下の質問を自らに問え


1.人間は信頼に値すると信じているか。
2.人間は責任や義務を担おうとするものであると信じているか。
3.人間は仕事に意義を求めると信じているか。
4.人間は生まれながらに学習欲求を持っていると信じているか。
5.人間は変わることには抵抗しないが、変えられることには抵抗すると信じているか。
6.人間は怠惰よりも働くことを好むと信じているか。

以上の質問に対する回答結果が、回答者のあらゆる行動に影響を及ぼしているのである。我々は何人もの企業幹部に、これらの質問をぶつけてみた。その結果、多くの人が自分の人間観を充分時間をかけて検討したことがないという、驚くべき事実が判明したのである。

われわれは、経営者やリーダーたちに対して、上記の質問に関するグループ・ディスカッションを行うよう勧めている。各自の回答を元に、是非話し合いを行っていただきたい。組織がどのような人間観を掲げているかを明示し、だれもがそれについて読んだり議論したりできるようにしておくことも必要だろう。企業の人間観を明らかにすることは、会社の使命の記述や企業の価値観の表明に劣らず、重要な意味を持つと我々は考えている。

重要で価値ある仕事をやりとげ自己実現に至ることは、人間が幸福に至る道であると言ってよいだろう(このことは、幸福を直接追求するのと比較してみれば、よく理解できる。幸福とは、何かに伴って生じる状態であり、副産物なのだ。直接求めるものではなく、よき行いに対して間接的に与えられる報酬なのである)。

(中略)

あるいは、単刀直入にこう言ってもよい。救済とは、自己実現をもたらす仕事や義務の副産物である(困ったことに、私の周囲にいる若者の多くが、自己実現を稲妻の一撃か何かのようにとらえており、ある日突然頭上から降りかかってくるものだと誤解している。皆、自分では何の努力もせず、稲妻の一撃をじっと待ち受けていたいという様子なのだ。自己実現は、ごく自然に突如として達成されるものであり、抑制や統制とは無縁のものだと決めつけている。私が我慢ならないのは、主にこの点、つまり、彼らが不屈の精神や粘り強さ、挫折に耐える力を全く備えていないという点なのである。彼らは、こうした能力が自己実現の対極にあるものと考えている。

(中略)

仕事を通じての自己実現は、自己を追求しその充足を果たすことであると同時に、真の自我ともいうべき無我に達することでもある。自己実現は、利己ー利他の二項対立を解消するとともに、内的ー外的という対立をも解消する。なぜなら、自己実現をもたらす仕事に取り組む場合、仕事の大義名分は自己の一部として取り込まれており、もはや世界と自己との区別は存在しなくなるからである。内的世界と外的世界は融合し、一つになる。同じことは、主観ー客観の二分法についても当てはまる。

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有名な、欲求のピラミッドみたいなやつを考えた人の書いた本です。書店ではほとんど見ることはないですが、、、自分は某社長から譲っていただきました。

これは読むと良いかも


無我の境地については、以前のエントリ「アフォの境地」をご参照ください。参照したからと言ってどうということはないですが。

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そういえば昨日のエントリについては、各方面から大きな反響がありました。
実際に責任を負ってやっている方の意見は、言葉の重さが違います。

 もう一つ、「バリュー・ファースト」のマインドが生む大きな効果は、「バリュー・ファースト」のマインドは、その人の心にプロフェッショナルとしての強い矜恃を植え付けるということだ。自分は金のために仕事をしているのではない、パンのために働いているのではない、と思うことは、人としての尊厳の上で極めて貴重なことである。

(中略)

 プロフェッショナルとしての矜恃は、その人の表情に表れる。立ち居振る舞いに、言動すべてに、人格・人品に表れる。そして、それらはすべて作品として提供された価値そのものになるのだ。

(中略)

 松井証券の社長である松井道夫氏は、「給料をもらって働く人間は要らない。働いて給料をもらう人間しか要らない」「給料をいくらもらったから働くというのは奴隷と同じである」と述べている。
 給料がいくらだから、それに見合った労働力を提供する、というメンタリティは、人生最大の資源であるはずの時間を、給料に見合ったかたちで「切り売り」していることにすぎない。
 提供すべき価値とは、給料に見合うだけの時間の切り売りでは決してない。価値は、「量り売り」できるものではない。価値は、出し惜しみすべきものではない。

(中略)

 生み出す価値を最大化するために、我々は意識的に給料の存在を忘れる必要があるのだ。それは、決して簡単なことではない。完璧に忘れ去ることはもちろん不可能だ。しかし、アンカーにつながった鎖を自らの意志で断ち切り、給料の存在を忘れることができた人こそが、アンカーのくびきから逃れ、提供できる価値を最大化することができる。そして、その結果こそが、長期的に受け取る給料の最大化というかたちとなって表れるのである。

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なんとなくメモ。という量じゃないなこりゃ。
Atokのお試しライセンスがそろそろ切れる。。。

一気に読めました。ためになるかどうかは?微妙。

最後の熊谷君の言葉が泣ける。

おばかさんが何とかっていう本はずいぶん前に読んで中身どんなだったかはもう忘れましたが

その後著者のBlogを読むようになって
価格と価値ということについて毎日刷り込みしつづけられている毎日ですが

最近ようやく言葉の意味がわかってきたかもと思います。


価値っていうのは本来持っているもので
価格というのは外部が決めるもので


っていうことを、ほんとにそうだよなあと思うようになりました。
いい感じで刷り込まれました。

を買ってみました

仕事術系の本からはしばらく遠ざかってたんですが
新卒クン向けの書籍が大量に出回っているのを見て魔が差したというか

読書の春到来かっ

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お宝の話の続きで、
何事も「むむっ これは金脈発見か?」
と思えるかどうかが重要なわけで


あと他の人から見ると単なるガラクタ
というケースも多いんですが
むしろそのほうが幸せになれる気も

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しかしMacだと日記書く気になるなあ
自宅に帰ってきてまでWindowsのギラギラ画面見たくないし

どうも最近Blogがうまく書けないという各位はMacにSwitchしてみるといいかも

オールインワンがお好みならIntel入りのiMac
今使っている液晶ディスプレイとかUSBキーボードをそのまま使いたければMac mini
って感じ
http://www.apple.com/jp/hardware/

Haskell本を少しずつ読んでます
やっぱ再帰って苦手やね

関係ないけど、数学の必要性を痛感する今日この頃
単純なディスク占有量の予測とかでも時間掛かりすぎ

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お宝ワッショイ
http://www.persistent.org/otakara/

を見ていて思うに
宝の山の存在
とか
宝を自分がすでに持っていること
とかに気付いたら
あとは掘るだけ

何がお宝か?は人それぞれだけど

究極的には信念?考えた時間の長さと深さ?
みたいなことをとにかく最近はずっと感じているんですが


というのも、なにかにおいて、
自分を通すには他人を退けないといけない
ので、そのためには
説得力を持たせるために論理の一貫性が要求されたり
もっともらしく喋ったり
納得感のある落としどころを探ったりする
わけなんですが

それ以前に、根っこの部分で
自分を通すということについて自分がそれをどれだけ深く信じているか
とか
そのことをどれだけ深い次元で長い時間考えているか
ということがすごく重要
というよりここだけがポイント
他は試験に出ません


というのを自分で思いついたわけじゃなくて
ここ数年、周りの人たちを見ていて思った、自分なりの
この先5〜10年くらいの間に対する行動指針
になりうるかなこれは

という今日この頃です。


PS
どうも精神論的になってしまうので
あまりおおっぴらにはこういう話はしないのですが
論理的であることを否定しているのではないです


PS2
論理的であることが要求される局面というのはもちろんあって
でも論理的であることがすべてにおいて正しいこと、
という風に捉えるのは間違いかなと

なにかの事象や、誰かの発言が
論理的整合性が保たれているように見えるとしても
それはそういう断面を見せているだけであって

なぜそのように見せる必要があってそうしているのか
というところが違う世界への入り口のように思います


PS3
またこれは余談になっちゃいますが
人間は年齢と共に論理的思考能力が高くなっていくらしいんですが
(自分はあんまりそういう感じはないけど
そのせいで論理的に正しいということが究極的に正しい
という勘違いをしてしまいがちな気が

でも世の中的には、
根拠も無いし論理的でもないけど正しい
ということがいろいろあって
そういうことにも気づいていくことで
バランスが保てるようになっていくように
できているのかも

おもむろに除湿機を買ってみた
去年のモデルの型落ちなので定価の半額
ちなみにすでに製造終了

冷風機能もついていて
特に優れているのは
排熱用のダクトを伸ばすと室外に熱を逃がすことが出来るという点

通常は冷風機だと部屋を閉め切っていると徐々に室温が上がっていくのだが
この機種だとエアコンのように部屋を冷やすことが出来るらしい

まあ今年は他のメーカーも似たような機能をつけてくるに違いない

すっかり冷風機事情通

4月8日(土)13:00〜、横浜(京急線の黄金町から歩いて10分くらい)のシネマ・ジャック&ベティで舞台挨拶だそうで。

出演/窪塚俊介 吉野公佳
     松本匠 中川愛海 宮純子 牛尾好宏
監督・脚本/藤井秀剛
音楽/田淵浩司
近年、『一途』、『純粋』などと
もてはやされている【アキバ系=オタク】。
その勢いは社会を賑わし、ブームにまで発展した。
この物語は、『英武』という・・・一人のアキバ系の
妄想と狂気を描くサスペンス・スリラー


詳しくはこのあたりで:
http://homepage3.nifty.com/SHUGOFUJII/normal/main.html

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