まさかの日記

最近まともな文章しか書けなくなってきました

2005年09月

熱い飲みでした。あんまり覚えてないけど、熱の残像みたいなものが残っているはず。
180%酔っ払った頭で思うに、究極的には、
好きかどうか、やりたいのかどうか、興味が有るかないか
みたいなところだと思う。
戦略とか戦術とか、キャリアとかスキルアップとか、そういうことでは無いはず。
そういうのって二次的な副産物、後付けの理由みたいなものだと思います。

ていうか打算メインの人生って何が楽しいのか?
人生ゲームでいったらゴール3マス手前、みたいな局面で
「俺の人生って、割とうまくいったほうだよな。ニヤソ」
みたいなのって、それは求めたゴールなのか?

BEAT EMOTION
まずまずの人生をこのまま送るか?
二度とない人生を求めつづけるか?
いつになくシリアスな夜に思う
今までは未来のためのプロローグ?
あぁ・・・彷徨う俺の魂 すり切れて笑う


布袋さんのBEAT EMOTIONと、めざましテレビの占いで7年勤めた会社を辞めて、ボラリティだらけの業界へ、その後いろいろあったわけですが、今は創造性高くやれることをやるだけという状態なわけで。

まあ結局はアホでマヌケな九州人なので、、、
熱く燃えられるネタを探していて、真っ白になるまで燃え尽きたいだけなので、、、


(続かない)

昔関わっていた製品が、いつのまにかWEB上でのサポートを終了していた。

HITACHI : SEWB3ページ公開終了のお知らせ : ミドルウェア・プラットフォームソフトウェア総合サイト
SEWB3ページ公開終了のお知らせ
SEWB3ページの公開は,2003年11月28日をもって終了いたしました。


SEWB3とはSoftware Engineering Workbench3の略で、Hi-UX(HP-UXのOEM)上で稼働するCASEツールと呼ばれる種類のソフトウエア。DOA(データ中心アプローチ)に基づき、データ項目名の標準化、DB設計の正規化、画面帳票設計などを経てプログラムの自動生成など、ありとあらゆるソフトウエア開発に関わる全てのことをワンストップで提供するというもの。

自分は数ある製品群の中の、標準部品的役割のパッケージに関する企画、設計、製造、テストを行う部署に居た。ちなみに製品の実装と品質保証を行う部署とは別になっていて、開発部門の独断で製品を出荷することは出来ず、品質保証部の承認を得る必要があった。

その後、この製品の後継としてSEWB+という名称でWindows上で動作するバージョンが開発された。この時期に私はこれらのプロジェクトからは離れ、実開発を行った大した経験も無いまま、このツール群を用いたソフトウエア開発コンサル業務に携わることになる。

メインフレーム文化に基づいた重厚長大型開発向けのツール群だったが、今思えば一つの究極の形に達していた。ソースコードのカバレッジを自動集計しテストの進捗状況を動的にグラフ表示できる機能や、ファイルレコードレイアウトに沿った形でテストデータを自動生成、自動テスト実行など。またテンプレートをベースにソースコードを自動生成し、仕様変更が発生してもソース中に追加したコードを保持したままで再度ソースの生成を行う機能など、画期的なものも幾つか有った。

(続くかも?)

Eiki氏にうまいこと纏められてしまいましたが(昨日の日記のコメント参照)、
そうなんですよ。そういうことを言いたかったんです。x2

しかし、これ系の話って、私は最近ようやく実感として判るようになってきた気がする。
去年の今頃はまだ判っていなかったと思う。良く言えば大器晩成型。来年35歳。


まあそんなわけで、要するに何の話かというと、
自律的に問題解決したり、
自発的に企画が出てきてある程度マネジメントされた状態で次々に実行されていく
ような状態を作るにはどうしたらいいのか?
というのをここ1年くらいずっと考えているんですが(考えすぎて最近やや飽き気味ですが)
みんなそれってどうやってんの?

そういう状態っていったいどうやって作ってるのか?
そもそもそんなことが世の中にあるのか?(本とか話には良く聞くけど)
実はギチギチに管理されているのか、
それとも非常に徳の高い人たちだけが集まっているので放っておいてもうまいこと回っちゃうのか。そんなあほな。
イノベーションのxxxxシリーズを読み返そうかな。

実現イメージが自分の中にないことが実は一番問題かも。

昨日の話の続き。

昨日の私のエントリに正しくタイトルをつけるとすると、「共同作業において、周囲に期待するときに心構え」とか?
しかし、コメントを付けていただいたお二人が反応していたのは、”やったほうが良いと判っていても出来てない事はどうすれば出来るか”という点っぽい。

じゃあ、、、というわけで、自分でやるんだったらという話をすると、苦手なことも出来るようになるよう努力するよりも、自分が長く続けられそうな事をやるというのが一見無意味なようで、実は有意義な結果を生みやすい気が。
#「有意義」の定義って何よ、という突っ込みはとりあえず置いておいて

後悔しないフレームワークの話とか、例のジョブズの講演とか、色々あるけど要するに、面白いと思えること、興味が続く事じゃないと長くは続かないはず。

見方を変えて違う言い方をすると、
長く続けられそうで、でもあんまり注目されていなくて、自分もそれなり興味が持続できそうな領域を早い時期に見つけて、
そこに長く居続け、やり続けると、良い結果を残すことが出来る確率が高まるかも、みたいな。
#「良い結果」の定義って何よ、とさらに突っ込まれそうだが、要するにハッピーになれる、くらいに理解しておけばいいのかも

ちなみにこのへんの話について検索すると、必ずmojixさんの日記が出てくる。
#このエントリ、10回くらい読んでいる気がw

Zopeジャンキー日記 :「好きな奴が勝つ」定理
私はこれを「好きな奴が勝つ」定理と呼んでいて、いわば私の信条みたいなものだ。プロフィールにも書いている。アンディ・グローブの有名な言葉「偏執狂だけが生き残る(Only the Paranoid Survive)」も、私はこの意味に解釈している。

以前、やはりCNET Japanでやっていたネットエイジの西川潔氏の連載でも、この「好きな奴が勝つ」定理がメインテーマみたいなものだった。

mojix.org : 西川潔 「起業家というキャリア」

ここで紹介されていたのが、Jeff Bezosの「regret minimization framework(後悔最小化フレームワーク)」だったのである。今回の梅田ブログのタイトルとほとんど同じだ。



ところで、好きでもないことを延々と続ける事も世の中的には結構多いが、この現象についての説明は「実はそれが好きなんでしょ」という一言では片付けられないような気が最近してきました。

続く(?)。

しばしば他人から持ちかけられる「こうしたらいいんじゃないの?」という提案は、大抵すでに自分の中にあったりする。

ていうかそれが出来ないから困っている、という場合が多い気が。


ホントは、「これこれこういう理由でこうするけどOKだよね」と言ってくれるのが結構有難かったりするけど、自分も含めてそういう動き方って難しいよね。

どうだろ。
そういう人も居る事は居るけど、見渡すとそうじゃない人の方が多いよな。
てか、そういう人が居るか居ないのか・多いのか少ないのか
は、自分には全然関係ないですね。

つうかこれすごいね。sky氏これ行ったんだよね。いいなぁ
http://d.hatena.ne.jp/pekeq/20050916/p1


とかいうかんじで再開します。
何だかここ一年くらい毎日同じような感じだったんですが、少し状況が変わってきたかなと思えるので、意図的にこれ系の活動も変更します。
ついでにMixiもGreeもここへの参照にします。

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